2010年10月21日木曜日

大型地震はこうだった!阪神・淡路大震災の体験談②

この時の村山富市内閣はまったくあてになりませんでした。

被災地の人々は政府や自衛隊の救助を待っていたのに

通常の公務をこなし、震災への対応は片手間。

「何分、初めての経験で・・・」という

コメントに全てが現れていますね。

政治家は国民の命と財産を守ることが使命なのに

甘い認識の基で多くの国民が生命と財産を失いました。


一番行動が早かったのが近所のヤ○ザさん達。

一緒にガレキをかきわけ、一人一人をひっぱりだす。

「今でも義理人情は生きているんだな」と感心したのを覚えています。


でも素人の手作業では限界があり、多くの方が亡くなりました・・・。

タンカが足らず亡くなった方を畳の上に乗せ運びました。

あの時はそれが当たり前の光景でした。今思うと残酷な光景です。


また至る所で火事が発生しました。

消防や自衛隊がやっと来ると

『素人には危険すぎるので立ち入り禁止』になりました。


奇跡的に繋がる公衆電話があったので実家に連絡。


それから寮の隣にある進学校で超有名な○高のグランドで3日間野宿です。

その3日間で口にしたものは、おにぎり1個と水だけでした。

1月なので寒さと空腹で辛かったのを覚えています。

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