この時の村山富市内閣はまったくあてになりませんでした。
被災地の人々は政府や自衛隊の救助を待っていたのに
通常の公務をこなし、震災への対応は片手間。
「何分、初めての経験で・・・」という
コメントに全てが現れていますね。
政治家は国民の命と財産を守ることが使命なのに
甘い認識の基で多くの国民が生命と財産を失いました。
一番行動が早かったのが近所のヤ○ザさん達。
一緒にガレキをかきわけ、一人一人をひっぱりだす。
「今でも義理人情は生きているんだな」と感心したのを覚えています。
でも素人の手作業では限界があり、多くの方が亡くなりました・・・。
タンカが足らず亡くなった方を畳の上に乗せ運びました。
あの時はそれが当たり前の光景でした。今思うと残酷な光景です。
また至る所で火事が発生しました。
消防や自衛隊がやっと来ると
『素人には危険すぎるので立ち入り禁止』になりました。
奇跡的に繋がる公衆電話があったので実家に連絡。
それから寮の隣にある進学校で超有名な○高のグランドで3日間野宿です。
その3日間で口にしたものは、おにぎり1個と水だけでした。
1月なので寒さと空腹で辛かったのを覚えています。
2010年10月21日木曜日
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